ガク過去

父親が暴君だった。日々家族に暴力を奮った。疲れきった母はとうとう離婚の話を持ち出す。父は離婚するなら自分にも一人子供を寄越せと言った。
自分の子供をたいそう愛していた母はそれを嫌がったが、三人兄弟の長男だったガクが父親の方に行くと言い始めた。馬鹿なことを言うなと母は止めたが、ガクの決意は固かった。
それからの人生でガクは、母親と弟、それから妹と会うこともなければ噂話を聞くことも決してない。

父親と暮らして一日目。夜にどこからか帰って来た父はガクを見るなり暴力を奮ってきた。
暴君ではあったものの理由もなく暴力を奮うことはなかった父なので、ガクは理由を考えた。そして、自分が夕飯を作って待っていなかったからだと思った。ところが、ガクは次の日も暴力を受けていた。
父親と暮らして二十日目。
父親の暴力は止まなかった。ガクも気付き始めていた。父親はおかしくなってしまっていた。初めは暴力に抵抗していたが、今では嵐が過ぎるのを待つように無抵抗になっていた。
父親と暮らして数ヶ月。
父親が仕事を辞めた。仕方ないのでガクがゴミ箱から物を拾ってそれを売ることにした。暴力はまだ止まない。
父親と暮らして数十ヶ月。
いつの間にかスラム街の廃墟で暮らしていた。家も身体もどぶの臭いがする。暴力はまだ止まない。
父親と暮らして数年経ったある日。
ガクが帰って来ても父親は家にいなかった。いくら待っても帰ってこない父親を待ってる内に、嵐になってきた。何か嫌な予感がして外に飛び出した。
雨は激しいし、雷もすごかった。嫌な予感と父親を探すのに必死でそんなのはどうでもよかった。
しばらく歩くと、遠くに小さい人影が見えた。父親だった。叫ぶように呼んだ。聞こえなかったようだった。もう一度呼ぼうとした。一際大きい雷が落ちた。

次に目を開けた時には、人影は見えなくなっていた。代わりに、黒い塊が置いてあるだけだった。嵐が止んでも、その塊は動かなかった。父さん、と呼んでも、名前を呼んでも。
父親は何故あの時間に出掛けていたのだろう。大方、汚い酒でも飲んでいたのだろう。自分がもっと大きかったら、もっと働けたら、何か変わっていただろうか。そんなことを考えて、自分はあんな父親でも愛していたのだと気付いた。もっと愛していることを伝えられていれば?そう思って、少し泣いた。