イリ過去

わりと大きなお屋敷に生まれる。何人かの姉妹と両親と召し使いがいた。お金持ち。ちなみに末っ子。
性格は今とあまり変わらず、ただ今よりは子供っぽい。変な怖さがまだない。それからお気に入りのうさぎの縫いぐるみがあり、持ち歩いてた。

ある時屋敷が火事になる。かなり規模の大きい。みんな避難するけど、屋敷の中で一番小さかったイリは逃げ遅れてしまう。そこへ同じく逃げ遅れていた母が、ここなら安全だから、と鉄の部屋(多分昔金庫かなんかとして使われていたもの)にイリを入れる。母は他に逃げ遅れている人がいないか探すと言って行ってしまう。
まあ鉄の部屋なので燃えることなく、火事が治まるのを待つことにしたイリ。しかし鉄製だったため段々熱くなってくる。異変に気付いて部屋から出ようとしたけど外から鍵をかけられていた。嘘だと思いたかったが、母に嵌められたということを認めるしかなかった。そういえば最後に顔を見た時に笑っていた気がする。あれは自分を安心させる為の笑みではなかった。
更に熱くなっていく部屋。
足の皮膚は床にくっつき、動けば剥がれる。どうしようもない痛みと熱さとそれによる脱水症状の中で、イリは母に復讐することを幼心に強く誓った。部屋の中にあるのは自分と焦げた皮膚といつも一緒にいた縫いぐるみだけだった。

あの部屋で平常心を保てなくなってからどのくらいたったのか。気が付くと、イリは屋敷の外にいた。もうどこも痛くも熱くもなかった。屋敷は消防活動の最中で、逃げ遅れた人を探していた。家族達は既にそれぞれどこかへ逃げたらしい。しばらくして、一つひどく焦げた肉が屋敷から出てきた。自分の死体だった。何も思わなかった。右手に持っていた縫いぐるみが、少しだけ重く感じた。

自分が幽霊になってからかなりの時間が経ち、イリは自分の現状とこの身体の仕組みを理解した。
とりあえず、自分の今の身体は霊感のある者にしか見えないらしい。それから別の幽霊に話を聞いたところ、他の者にも姿を見せるには生前自分が大事にしていたものを捨てればいいとのことだった。イリにとってのそれは今も持っている縫いぐるみだった。ただ、一度捨ててしまうともう手にすることはできないし、今のように一部の者にだけ姿を見せている状態には戻れないそうだ。
別れ際に、自分はどんな姿になっているかと聞いたら、ジュペッタだと教えてもらった。生前は違う種族だった。
特に行くあてのなかったイリは、結局屋敷に戻る。そしてそこで何をするでもなく、長い長い時を過ごした。

屋敷に籠ってから何年経ったのか。
気が付くと、周りにいくつか家が建っており、そこは小さな町になっていた。しかし、町がかなりの僻地にあった為、人々は次々と去っていき、消えていった。
更にそれからしばらく経ち、一人の男が町にやって来て、そのまま住み着いた。ずっと一人で暮らし、そのまま死んだ。その一年後、何故か何人かの人達が来て、暮らし始めた。イリは町に一人ずつ人が増えていくのを屋敷の窓から見ていた。屋敷は焦げていたし、町の中で一番古い建物だったので、不気味がって誰も近寄ろうとしなかった。一回だけ男だろうか、女かもしれないような奴がこちらを見た、というか目が合ったら気がしたが気のせいだったかもしれない。
誰もこの屋敷には来ないと思っていたがある日、屋敷の扉が開く音がした。古びたこの屋敷を壊しに来た連中かとイリは思い、戦闘体制に入る。常人には自分の姿が見えないのを利用し、侵入者達を追い出すことに。最初に入ってきた何人かは驚いていたので、この調子なら追い出せると思っていた時、残りの数人が来る。その中に以前目があった、気がした奴がいた。向こうもこちらを真っ直ぐ見ているため、気のせいではなかったらしい。"それ"はイリにこの屋敷を壊しに来たわけではないこと、しかし、自分達以外の者によってもうすぐこの屋敷が壊される運命にあることを伝えてきた。
あまりに普通に自分に話しかけてくることを不思議に思い、「あたしが怖くないのか」と"それ"に問い掛ける。当たり前のように頷く"それ"を見て、イリは手に持っていた縫いぐるみを捨てた。

それからは、昼を過ぎた辺りから町に出没し、夜には気紛れにどこかの家へ夕飯をたかりに行く、という生活をしている。
ちなみに、"それ"だったオトハとは性格が合わなかったのか、今はお互い嫌い合ってる様子。
嫌い合ってると言っても、心底嫌悪に満ちたような「嫌い」ではないようだが。お互い。